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しおみのあれそれ

よく来たね。俺だよ俺。

死ぬこと

 頑張って生きようという気持ちと、何もかも投げ出して死にたい気持ちがせめぎあっている。

 どちらも本当の思い。後数年耐えて耐えて幸せになれる可能性に賭けるか、すぐに楽になるか。救われたい。


 何で人は生きるのか。きっと大半の人はそんなこといちいち考えずに、生物としての本能のまま食事をし、寝て起きて、人間として目の前の課題をこなしたり夢を見たりしながら生きているのだろう。

  何で生きるのかなんて分からない。他殺は罪に問われるが、自殺は罪に問われない。死後の世界なんてないと思っているから、それで終わりだ。無。


 何で生きるのか、何で死なないのかなんて考える自分の精神状況は、あまりよろしくないと思う。でも自分は小さい頃からずっと、漠然と死にたいと思っていた。 


 小さい頃の死にたさは、死への興味だった。幼稚園の頃に親に死にたいと言ったことがあり、親に酷く叱られた。当然かも知れない。

 その頃から小学生ぐらいまで、死ぬ夢を見ることがたまにあった。水の中に沈んでいったり、高い所から飛び降りる夢だった。夢の中の感覚なので実際はどうか分からないが、いつも死ぬ瞬間はとても気持ちの良いものだった。フッと魂が抜け、力が入らなくなる。開放感があった。

 死ぬ夢は、中学生の頃から見なくなった。その頃から、ただの興味ではなく生きるのをやめたいという死にたさに変わったからだと思う。


 中学に上がってから、色々なことがうまく行かなくなった。学校に馴染めないこと、親の不安定さ、第二次性徴等...本当に死にたくなった。

 男女の性器が異なる意味を知った時の死にたさ。好きな女の子と恋愛をすることが出来ない。男性としてセックスをすることが出来ないということを知った時の死にたさは酷かった。FTMでも彼女がいる人もいるし、セックスで挿入が出来る場合もあるが、そんなこと知らなかったし、今もこの考えはあまり変わっていない。セックスが出来ないというのはとても大きかった。性欲とかそういう興味以前に、アイデンティティに大きな穴が空いた気持ちだった。


親はその頃とても不安定だった。小さい頃から母が急に暴れ出すことがあり、それが怖かったが、「今のはお母さんじゃないんだ、悪魔の心が入って来てたんだ。ごめんね」と泣きながら謝られたこともある。小さい頃は本当にそうだと信じていた。本当のお母さんは優しいんだ。あの時のお母さんは悪魔に心を乗っ取られているんだ...


 今思うと母に何らかの精神疾患があるのは確かだと思うが、自分の知っている中では精神科などには一切通っていない。そんな母親。


 自分が中学生になる頃には、母親は常に不安定だった。一緒に死んでくれと何度も頼まれたし、首を絞められかけたり、10階近い高さのマンションから落とされそうになり必死で抵抗したら、今度は母親が飛び降りようとしてそれを止めたり、包丁を持って追いかけられたり。

 寝ている間に殺してやる。ネットで方法は調べたとも言われた。当時住んでいた所は自分の部屋がなく、母親と同じ部屋で寝ていた。眠ることは恐怖だったし、寝ても毎晩夢の中で親に殺されそうになった。助けを求めても誰も助けてくれない。夢と現実の区別も曖昧だった。

 そもそも学校嫌いだったしまともに寝られないので、学校に毎日遅刻するようになった。教師には遅刻魔と言われ、何度も怒られた。仲の良い友達なんていなかったが、同級生に親から殺されそうなんだと話したことがあった。虚言だと思われ、聞いてもらえなかった。誰も助けてくれないんだ。自分が死んだらみんな喜んでくれるんだ...親が首を締めようと使ってきた紐を、通学鞄に入れていた。死ぬ時に使えるように。



メンタルが最高に落ちてきたので、今日の話はここまで★

 とにかく、自分はずーーっと死にたいんだ。そろそろ救われてもいい頃だと思うんだ。